いうまでもなく、農作物の生育において「水やり」は要となる。
いつ、どれくらいの量を与えるのか。どの範囲に、どんな方法で届けるのか。
一見すると単純に見える水やりも、作物の種類や畑の広さ、土地の条件、農家ごとの栽培方法によって、必要な設備は大きく変わる。

福岡県八女市を拠点に農業設備工事を手がける智成株式会社は、そうした一つひとつの条件に合わせ、かん水設備の企画・設計から施工までを担っている会社だ。
電気工事や土木工事を伴う場合にも、設備全体を見渡しながら一貫して対応する。
その根底にあるのは、単に設備を完成させることではない。
「一番したいのは、農家さんが潤うことです」

そう話すのは、智成の代表取締役・毛利智治さん。
農家である祖父の苦労を間近で見てきた毛利さんは、農業に携わる人が長く作物を育て、仕事を続けられる環境をつくることを目指している。
安くつくるより、長く作物を育てられる設備を
智成では、農家から相談を受けると、まず栽培する作物や水の使い方、必要な水量、圧力などを確認する。
そこからポンプの大きさや配管の太さを計算し、図面や見積もりを作成する。

「水って、簡単に考えられがちなんです。でも、うちの場合は配管のサイズや水の量、圧力まで全部計算します。」
住宅設備とは異なり、農業設備は作物の生育に直結する。
イチゴ、お茶、野菜。作物が変われば、水の与え方も変わる。同じ作物であっても、農家によって「毎日決まった時間に与えたい」「天候に合わせて調整したい」と希望はさまざまだ。
そのため、既製品をそのまま設置すればよいわけではない。
農家の考えを聞きながら、その土地と作物に合った設備をつくる必要がある。
「安く工事を終わらせることよりも、長く作物をつくれることを目的にしています」
それが、智成の仕事の基準になっている。
祖父の農業からつながる、「潤いを与える」という理念
先述の通り、毛利さんの祖父は農家だった。
父の代から農業設備の仕事に関わり、その技術と顧客とのつながりを、受け継いでいる。
長い付き合いの農家も多く、中には20年、30年と関係が続いている人もいるという。

「何かあった時には声をかけてもらいます。設備以外の相談でも、お客さんに迷惑をかけない範囲であれば対応することもあります」
一度工事をして終わりではない。
作物が育つ間にも、設備の修理や調整が必要になることがある。現場の近くを通れば、その後の様子を見に行くこともある。

自分たちが設計し、施工した設備から水が出る。
その水によって作物が育ち、農家から「収穫量が増えた」「うまく育った」と報告を受ける。
そこに、この仕事ならではの手応えがある。
智成が掲げる理念は、「人々に潤いを与える」。
水そのものだけでなく、農家の経営や働く人の生活、そして農業を取り巻く環境にも潤いを生み出したいという思いが込められている。
設計と施工、それぞれの専門性を生かす
現在、智成が設計・提案した設備の施工を多く担っているのが、グループ会社のアグリテック(広川町)だ。

アグリテック代表 牛島さん
アグリテック代表の牛島さんは、以前から農業設備の施工に携わってきた。
ところが、勤めていた会社が廃業することになり、突然、自分の働き方を考え直すことになった。
「もともと独立するつもりはなかったんです。会社がなくなることになって、どうしようかと考えました」
そんな時、背中を押したのは、これまで関わってきた農家からの言葉だった。
「うちの設備は、あなたじゃないと分からないだろう」
そんな時に、智成の代表から「一緒に頑張りましょう」と声をかけられた。

現在は、智成が顧客との打ち合わせ、設計、見積もりなどを担い、アグリテックが現場施工を担当する。
互いの専門性を生かした体制で、農家の設備づくりを支えている。
独立する人を、会社の外から支える

牛島さんの独立にあたり、智成は資本金や資材の準備などを支援した。
仕事を紹介するだけではなく、会社を立ち上げ、継続して経営していくための土台を一緒につくった。
毛利さん自身も、独立した当初に資金面や許認可の問題で不安を感じた経験がある。
大型工事を受注すれば、材料費や外注費など、先に大きな支払いが発生することもある。建設業許可の有無によっては、請け負える工事金額にも制限がある。
施工の技術があっても、経営の知識がなければ、独立後に壁へぶつかることは少なくない。

「会社員のままだと、工事のリスクは会社が持ちます。施工に時間がかかっても、材料が余っても、従業員の給料は変わりません。でも、自分で責任を持ってやれば、頑張った分が所得にもつながります」
従業員を増やし、自社の中だけで育てるという選択肢もある。
それでも代表は、意欲のある人が自分の会社を持ち、責任と裁量を持って働く道を支えたいと考えている。
独立した会社には、智成からの仕事だけでなく、自社で受注する仕事もある。
逆に、アグリテックが直接受けた相談に対して、智成株式会社が設計や技術面で協力することもあるという。
発注元と下請けという一方向の関係ではない。
互いの強みを生かし、足りない部分を補い合う。
代表が目指しているのは、そんなグループの形だ。
「自分で頑張りたい人を、グループ会社として育てていきたいと思っています。お互いにとって良い関係がつくれれば、それが一番です」

必要なのは、向上心と探究心

農業設備の仕事では、配管だけでなく、電気や土木など複数の技術が必要になる。
水を正しく送る設備をつくっても、それを動かす電気設備との連携がうまくいかなければ、期待した結果にはならない。
智成が電気工事まで自社で対応するようになったのも、分業による行き違いを減らすためだった。
「電気屋さんは電気の仕事だけで考えます。でも、それを水の設備と合わせた時に不都合が起きることもあります。それなら、自分たちで全体を見た方がいいと思いました」
毛利さん自身も必要な技術を学び、資格を取得してきた。
だからこそ、これから仲間になる人にも、決められた仕事だけをこなすのではなく、新しい技術を学ぶ姿勢を求めている。
「向上心と探究心が高い人がいいですね。水も電気も土木も、いろんなことをします。本気で学びたい人にとっては、すごくスキルが身につく仕事だと思います」
日本の農業を、世界の水準へ近づけたい

毛利さんが見据えているのは、目の前の設備工事だけではない。
日本の農業は、設備や環境制御の面で、海外に学ぶ余地がまだ大きいという。
世界では、日射量や気温、湿度、風向き、作物の状態などを記録し、そのデータをもとに水や温度を自動で調整する農業が広がっている。
一方、日本では昔ながらの方法も多く残っている。
毛利さんは今後、海外の農業設備や技術も学び、日本の農家が導入しやすい形にしていきたいと考えている。
特に課題を感じているのが、夏場のビニールハウスだ。
温室は本来、内部を暖めるための設備だが、近年は暑さによって室温が40度を超えることもある。
農作物への影響だけでなく、その中で働く農家の熱中症リスクも高い。
「農家さんも同じ人間です。涼しい環境で仕事ができるなら、その方がいい。作物だけじゃなく、働く人の環境も変えていきたいです」
高額な設備を導入するだけでは、農家の負担が増えてしまう。
初期費用やランニングコストを抑えながら、農作物と人の双方にとって良い環境をどうつくるか。
その答えを、智成は探し続けている。
水が出た先にあるもの
農業設備工事は、水が出れば終わる仕事ではない。
その水の先で、作物が育つ。
作物が育てば、農家の収入になり、地域の農業が続いていく。
そして、身につけた技術を生かして独立する人が増えれば、農業を支える担い手も広がっていく。
智成がつくろうとしているのは、農家が長く作物を育てられる環境と、技術を持つ人が自分の力で歩んでいける仕組みだ。
「農家さんが潤うことをしたい」
その言葉を起点に、智成は地域の農業の「当たり前」を少しずつ変えようとしている。

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